増田健太郎 公式サイト

スペインへの思い

きっかけは昨年のスペイン
忘れかけていた何かに火がついた

 スポーツ選手は現役生活の晩年を迎えた時、「今の経験に若い頃の肉体があれば、どんなに素晴らしいプレーができるだろう」
と一度は思う。

 29歳の増田健太郎は今、もっと欲張りなことを考えている。
「現在の心を持ったまま18歳に戻って、スペインでプロ生活のスタートが切れていれば……」。
 強く、何度もそんな空想をするのだという。

 増田は98年8月に開催されたアズメディアカップ優勝の副賞として、スペイン・バルセロナで1ケ月間のトレーニングを受ける機会を得た。施設は『カサル/ヒメネス・ハイレベル・コンペティションセンター』。アランチヤ・サンチェスのコーチであるエンジェル・ヒメネスやダブルス世界ランク1位の経験を持つセルジオ・カサル、そしてアランチヤの兄で元スペイン・デ杯選手のエミリオが共同で渾営しているテニスアカデミーである。
スペインだけでなく、ヨーロッパやアメリカからもトッププロを目指す若者が集まってくる。

 そこでのトレーニングに、増田は度肝を抜かれた。
 クレーコートの中、コーチと1対1で延々ボールを打たされるのだ。食事休憩を挟んで計6時間。日本でそんなに長くコートにいたことはない。だが周りの18〜19歳の選手は音を上げるでもなく、当たり前の顔をしてラケットを振り回している。それが毎日続く。そしてコーチの練習目的は明確で、粘り強い指導をしてくれる。
 増田は、こりゃスペインの選手が強くなるはずだよと思った。
「身体で覚えさせる、という方針がとにかく徹底している。だから最後には曲を磨くような感覚で無意識のうちにプレーができるようになってるんです」。

 わずかなバルセロナ滞在の中で、彼はコンペティションセンターに魅了されてしまった。そして薄れかけていた感情にも、火がついてしまった。
「やっぱり世界に通用する選手になりたい。遅いかもしれないけど、それでも今しかできないことを始めなきゃ。そのためにはちょっと見に来るだけじゃだめだ、と思いました。外国の選手がどうやって強くなるのか、試合会場だけじゃわからないんですよ。練習環境に飛び込んで行かないと」。

 彼がその地をスペインに定めたのは、コンペティションセンターの充実度だけが理由ではない。
「アメリカや他のヨーロッパの選手は、僕達日本人と比べて体格や体力が違いすぎる。だから彼らのテニスはあまり参考にできないんです。でもスペイン選手の身体はそう大きくはないし、プレースタイルもサービスで押すよりボールをどう捕らえて打つかを追求しでいる。僕でもこなせると思いました。それにスペイン人のメンタリティーも、素質より努力でうまくなるんだという感じですし」。

 晴れて今年の3月から、増田はバルセロナに拠点を移した。もう“お客さん”ではない。正式なコンペティションセンターの一員として日々を過ごしてみるとこの施設の、そしてスペインテニスの奥探さが改めて見えてきた。
「ボールをしっかり打て、といつも言われてます。テニスの初歩なんですけどハードコートで育ったこともあって、知らず知らずのうちに面を合わせるだけの打ち方になってしまってた。それに僕、日本じやフットワークがいい選手ってことになってるんですけど、あっちへ行ってまずコーチに『君、フットワーク間違ってるから』って注意されて。初めはなに言ってんだろ、と思ってたんですけど、スペインってクレーコート主体の国でしょ? しっかり打点に入らないとボールを打ち切れない。ごまかしがきかないんです」。

 そうやってまた一からテニスを学び直している。練習仲間は10歳ほども年下の連中だが、コーチは増田を彼らと同等に扱っている。
「それが僕にはうれしいですね。本気で教えてくれてるってことですから。僕は向こうの人間が7〜8年かけてやることを、1〜2年でやらなきゃいけない立場なので。でもこの背格好ですから、コーチは僕のことジュニア選手だと思ってるかも(笑)。ま、それは冗談ですが、年齢の不安を感じたことはないです。夜遅くまで練習があった翌日のリカバリーがちょっときついかな、と思う時があるぐらい。それにしてもスペインの若手はうまいのが多いですよ。それでもまだ世界ランクに関してはまだ漠然としたイメージしかないみたい。凄く才能のあるやつに『君、絶対2〜3年後にはいいところまで行くよ。俺はいろんな選手見てきてるからわかるんだ」って言ってやっても『そうかなあ……』って顔してますから。ま、それにコーチも彼らを甘やかさないんですけどね。おまえらなんてまだまだだって態度でがんがん選手をシゴいてます」。

(スマッシュ1999年11月号より抜粋。この原稿の無断転用を禁じます)

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